助さん・格さんのドライバー日記
2002年2月15日 投稿  癒しの高千穂峡

 道はどんどん谷に向かって下る。

 やがて国道218号に架かる「大橋」が見えた。大きなアーチは銀色に輝いて中空に浮かぶようだ。

 高千穂郷と豊後、阿蘇、熊本を結ぶ幹線、往来する車の列を下から仰ぐ。

 旧道は、その「大橋」の手前から右下へ下りていく。もう高千穂峡の中だ。写真でおなじみの、あの峡谷の断崖の岩肌の上を歩く。

 下の淵を覗く、恐い。五ヶ瀬川が両側の垂直の岩盤にギューツと抑え込まれたように狭くなっている。柱状節理と呼ばれる幾何学模様の岩層が創る深い淵は神か鬼が創ったものとしか思えない。

 ここは谷の底、上を見上げると100メートル近い崖が原生林に蔽われて4キロほど続く。

 旧道は、川幅の一番狭い所を渡るのが鉄則だ。川を左にして進む。「神橋」も渡らない。

 途中、「神硯の岩」。甌穴現象で出来た大きな岩の凹みが硯石に似ているところから、高山彦九郎が名付けた故事が残る。かつて寛政四年、ここを旅した彼は「筑紫日記」に詳しく高千穂峡のことを「川の両岸岩屏風の如く水に藍の如く流る…」と書き記した。

 井伏鱒二は「両岸は黒く光沢を帯びた断崖絶壁で銀泥の錆びた荘重な桃山屏風を見るような…」と。時代を超えても、この景は不変なのだ。

 「槍飛橋」まで川の右岸を歩く、槍の柄を支えにして武士が飛び渡った物語が伝わるほど川幅はぐっと狭い。旧道はここを通っていたと思われる。淵を見下ろす、というより覗き込む、スーツと魂が吸い込まれるように、身震いがする。

 遥々と馬見原〜五ヶ瀬〜津花峠を越えてきた往時の旅人は、忽然と出現するこの神さびた渓谷をどう感じただろうか。今迄歩いてきた道中の景とは全く異質、恐れと癒しが交錯したに違いない。

 恐れ―は造化の神への畏怖となり、この淵の岩肌を上り下りしているうちにいつしか心は安らぎ、ほっと安堵の憩いと癒しをこの渓谷に感じたことだろう。

 二筋、三筋の滝が岩肌を音もなく滑る。「真名井の滝と申します。2キロ離れた真名井の泉が地下に潜って、ここから噴き出しています」。バスガイドさんの説明の声が向こうから聞こえてきた。オフなのに観光客は多い。ここは歴史ばかりでなく理科の自然の仕組みも目の当たりに勉強できる。

 渓谷から曲がりくねった道は上り詰めると高千穂神社は左手だ。

 道を上る途中、2体の馬頭観音が祀られていた。「右、押方、馬見原」―私が辿ってきた道だ。「左、向山、岩井川」と読めた。日の影への道だ。道路改修のとき移された由、昔から高千穂峡が交道の要だったことが分かる。

 今、バイパスの大きな橋が作業中だ。谷を跨いで、右、左から生きもののように橋の手が延びていた。やがて結ばれる。

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